実施報告

開催日: 2020年1月7日

第7回「原料革命のその後:経済史家が工学系研究者に問いたいサステナビリティ」

投稿日:2019.11.07 カテゴリー:実施報告

【 第7回 】 
「原料革命のその後:経済史家が工学系研究者に問いたいサステナビリティ」
2020年1月7日(火)19:00 
講師: 小野塚 知二 先生(東京大学・経済学研究科・教授、東京大学アジア研究図書館長、東京大学日本料理グローバル研究連携ユニット代表)

【 講師略歴 】
東京大学経済学部経済学科卒業。東京大学・大学院経済学研究科・経済理論経済史専攻・第二種博士課程単位取得退学。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、横浜市立大学商学部助教授、東京大学経済学研究科助教授を経て、現職。連合王国ウォリッック大学社会史研究センター、連合王国ウェイルズ大学カーディフ・ビジネス・スクール、イタリア共和国サッサリ大学社会学部等で客員研究員、東北大学、横浜国立大学、フェリス女学院大学、横浜市立大学、神奈川大学、新潟大学、東京都立大学等で非常勤講師。

【 概要 】
産業革命は当初は、道具から機械への生産手段の変化(機械(化)革命)という側面が注目され、次に、人の用いる動力源として、人力・畜力・風力・水力に加えて熱機関が登場するエネルギー革命の側面が注目されるようになりました。
 現在の眼で見るなら、AIなども駆使した機械の自動制御・自律運転の可能性が眼前に広がり、機械はますます人の手から離れていくでしょうが、機械革命の延長を外れて、全く別の技術体系に転換する可能性はありません。動力の方は、風力・水力に加えて、太陽光・潮汐・地熱などの再生可能な発電で、交通機関(自動車・鉄道・船舶)と工場・都市・家庭が必要とする動力・電力をまかなうことは原理的に可能です。化石燃料を用いる熱機関は、航空機など限られた領域に今後も残るでしょうが、それらを除けば、人類はエネルギー革命から卒業可能な地点に到達しています。
 では、温室効果ガス排出量が減少するかというと、問題はそれほど単純ではありません。産業革命には、原料革命とでも呼ぶべき大きな変化が含まれていたからです。
 原始時代から近世(ほぼ15~18世紀)まで、土木・建築・造船の主原料は長く木材でしたし、道具や機械の材料にも木材が多用されました。鉄は道具の製造や建築にとって大切な原料でしたが、その製錬にも木炭が用いられてきました。石造の巨大建築物や石組みの港湾や擁壁など、石材も重要な材料でしたが、大きく重い石材を利用できたのは、長大で頑丈な木材を起重機やころなどに使ったからです。農業も長く、耕地移動や焼き畑および緑肥(近隣森林の生産物)による地力維持で成り立ってきました。つまり、土木・建築・造船と道具製造と農業にとって森林資源が不可欠で、その限界を超えて経済が長く安定的に成長することは不可能でした。古代シュメール文明やイースター島の巨石文明のように、森林伐採で大量の木材と広大な農地・牧地を獲得して短期的に経済成長に転じた前近代社会はありましたが、それらはいずれも衰滅しました。
 ところが、長い前近代(原始・古代・中世の十万年ほど)を終え、近世になると、人口が増加しただけでなく、経済成長率も高くなったため、土木・建築・造船に用いる木材の量は急増し、さらに、必要とする食糧と鉄材も格段に増加しました。近世に急速な経済成長を経験したのは、中国(特に江南)、日本(濃尾以西)、そしてイギリスなど北西ヨーロッパ諸地域でした。このうちで、森林の成長速度が最も遅いのが北西ヨーロッパですが、そこが資本主義社会の起源となるプロト産業化とその後の産業革命を進め、19世紀以降の爆発的な人口成長・経済成長を主導した地域です。
 イギリスではすでに18世紀には、森林を伐採し尽くして、耕地・牧地が延々と広がる土地に変貌しました。その結果、イギリスでは必要な木材と鉄材を輸入するようになりましたが、輸入依存の経済成長を打開する技術が18世紀中葉に開発されました。コークス製錬法です。木材を乾留した木炭ではなく、石炭(過去の自然の蓄積物)を乾留したコークスによって、木炭製錬と同等の良質な鉄材が製造できるようになりました。
 いま一つ重要なのが、現代農業への転換です。それは、農業機械を用いて耕耘や刈り取りを行い、化学肥料と合成農薬を用いて収穫量を飛躍的に増加させた農業で、化石燃料は農業にも重要な原料となったのです。現代農業以前に生存可能だった人口は、およそ十億人(19世紀後半の世界人口)で、現在はその8倍ほどの人口を養う農業生産力となっています。人類は原料革命によって、ついに森林資源の制約から、とりあえずは解放されて、木材の代わりに鉄材を、木炭の代わりに石炭を用い、農業にも化石燃料を投入する産業文明に到達しました。
 しかし、原料革命は、エネルギー革命と異なり、そこから卒業できる見通しが立っていません。炭素を用いない鉄製錬は実験炉すら試されていませんし、化学肥料・合成農薬に依存せずに現在の人口を養う術も開発されていません。鉄鋼の完全な再利用が実現するなら、新規製錬は不要となるかもしれませんが、再利用の費用は上昇しつつあり、完全な再利用への道には経済外的な強制力が必要となります。かりに、原料革命から卒業する見通しがないとするなら、「持続可能な開発」も画餅にすぎません。化石燃料や燐鉱石の埋蔵量が有限であるという以前に、化石原料に依存する限り、大気温上昇を押し留める術がないからです。