実施報告

開催日: 2022年10月20日

第28回 丸井浩先生 仏教と工学をつなぐ「二つをひとつに」― ロボット工学者森政弘氏の「ものづくり思想」と仏教

投稿日:2022.09.30 カテゴリー:実施報告

講師:丸井 浩(まるい  ひろし)先生(武蔵野大学特任教授・東京大学名誉教授)

【講師略歴】
 1952年4月東京都日本橋生まれ。1983年東京大学大学院人文科学研究科単位取得退学後、文部省アジア諸国等派遣留学生(インド・プネー大学、2年間)。1992年から26年間、東京大学文学部・大学院人文社会系研究科助教授・教授としてインド哲学の研究・教育に従事。その間、東京大学総長補佐(2003年度)、人文社会系研究科副研究科長・東京大学評議員(2006-07年度)などを務める。日本学術会議第20−22期会員(2005年10月−2014年9月)。現在、武蔵野大学特任教授、東京大学EMP講師、足利学校アカデミー講師、築地本願寺KOKORO AKADEMY 講師など。博士(文学)。『ジャヤンタ研究―中世カシミールの文人が語るニヤーヤ哲学―』 (山喜房佛書林、2014年)、『「ブッダ最後の旅」に学ぶ』(NHK出版、2016年)など。NHK Eテレ『こころの時代』に出演(2016年4月−9月、2019年6月)。インド文化関係評議会(ICCR) Distinguished Indologist Award 2017受賞など。

【概要】
日本のロボット工学のパイオニアで、ロボコンの創案者である森政弘さんは、仏教にも造詣の深い方です。最初に手がけたロボット開発は、日本人の器用な指づかいをロボットにさせて、生産工程の一部自動化を図るというものでした。しかし、単に人間に近いロボットを作り、それを人間が思い通りに操作し、便利な道具として活用することを目指していたのではなく、むしろ自動制御という概念が最大の関心事だったようです。特に森さんが目指したのは、中枢指令システムによって「外から」ロボットを制御するのではなく、ロボット自身が自律的に適正な行動をとれる仕組みの開発でした。しかし自動制御は、ロボットのみに当てはまることではなく、私たち人間の心の働きに密接に関わることを、その後、森さんは強く意識するようになり、そうした動機から仏教思想と禅の体験への興味を深めていくようになりました。仏教はこころの宗教であるとも言われるように、自ら心を制御して自分中心的な欲望追求のあり方からの解放をもたらす智慧の完成を、知と実践の両面から目指すからです。なかでも特に注目したのは、相対立する二つの概念(黒白、好き嫌い、善悪など)に分け、片方のみを選び取る理性の働き─仏教ではこれお分別(ふんべつ)と言います─を超え、「ふたつをひとつに」融合・合一させようとする無分別(むふんべつ)という仏教的智慧でした。そしてこの「ふたつをひとつに」まとめる営みは、物作りと技術の基本でもあることを強調しました。例えば車を走らせるのはアクセル、止めるのはブレーキという場合の走、止は互いに対立し合う「二つ」ですが、実際に車を適正に走らせ、止めるには、その二つの走と止をうまく融合・合一させなければならない。ロボットに歩行させる技術を開発する場合も、歩くと正反対のはずの倒れるを利用して歩かせるのであって、「倒れないものは歩けない」という具合です。
 「二つを一つに」は善悪の問題とも関係付けられます。鋭利な刃を持つ金属片は手術の道具メスとして使えば善と結びつくが、人を刺す凶器になればドスとして悪用される。金属片それ自体は善でも悪でもない(仏教では「無記」という)。このようにそれ自体は無記である技術の成果物や知識が善になるか悪になるかは、それを活用する人の技術力と心次第となり、ここでも制御がキーワードとなると森さんは指摘します。さらに物作りに専心することで、人は物、人工物への愛情、感謝の心が自ずと育まれ、「破壊的な」物欲からは解放され(自律制御)、かつ心が豊かとなり人間的な成長を遂げることを、森さんは「物作りは人作り」という言葉で見事に表現しています。物のあり方(物性)に尊い仏のあり方─仏性(ぶっしょう)─を洞察する森さんの物作り思想は、物質文明の諸矛盾を乗り越えるヒントとなりそうな仏教的智慧が息づいているように思われます。
 3年ほど前に放映されたNHK Eテレの番組「ふたつをひとつに−ロボット工学と仏教−」で森さんと対談したことがあります。そしてその対談内容を踏まえて、『生産研究』最新号(74巻3号、2022年)に、「ロボット工学者とのテレビ対談に寄せて─仏教と工学をつなぐ「ふたつをひとつに」─」というエッセイを書かせて戴きました。この拙論を軸として、森さんの物作り思想において、工学・技術と仏教という「二つ」が、どのような意味で「ひとつ」になっているかを考えていきたいと思います。