「イタリアの文化・産業から「有用性」を考える」
趣旨:日本においても産業の「イタリア化」が長年、指摘されている(マクロの経済的な国力としては衰退過程にある一方で、嗜好品を中心にきわめてすぐれた技術に基づいた製品を誇る中小企業が国際的にも高い競争力を保つ)。一方でイタリアは歴史的にも突出した芸術家や科学者を輩出してきた。
今回はイタリアの強みの背景をなす文化や産業、社会制度について異なる領域の専門家が集い、講演および議論を行う。同時に、「有用性」の概念そのものについても問い直す機会としたい。
その2「イタリアの技芸――霊感と人間」
講師:小野塚知二先生(東京大学大学院経済学研究科教授)
概要:技芸(arti,英語ではarts)は技術・産業・芸術・工芸にとどまらず、人の役に立つ技の総体を意味します。経済システム、外交、医療、料理、協同組合なども技芸という語で括ることができます。この意味でイタリアの技芸を見ると、まず第一に、霊感(思い付きや着想の冴え)で特徴付けることができます。系統的なデータの蓄積と努力の成果というよりは、ひらめきから短期間のうちにすばらしい技芸が展開するのです。したがって、ひらめきのないときは技芸は停滞しますし(微分回路の特徴)、系統的・蓄積的な営みが重要な分野(たとえば鉄鋼業や化学産業など積分回路的な分野)をイタリアは得意としていません。「科学・技術」という語法を相対化するのにイタリアの技芸の経験は有益です。第二に、イタリアの技芸は、人間の、人間による、人間のための技芸である(arti dell’umano, dall’umano e perl’umano)であることを特徴とします。技芸のための技芸や技芸の独り歩きを周到に回避して、技芸の基盤に人間を据え続けて、技術的合理性よりも人間的な合理性を追求してきたのです。よい意味でも悪い意味でも「人間中心主義(≒欲望承認原理)」的な技芸のあり方は、技術への信頼を回復しようとする際に参照すべき好例でしょう。